史上最大の婚活

 婚活? うん。この間一人会ってみた。年収五百万の正会社員。年は三十二って言ったかな。身長は175センチ。スペックは悪くない。それで趣味がドライブと特撮って言うの。ドライブはともかく特撮ってオタク? でもこっちも三十ちょい前で焦ってるから贅沢言えない。極端なことが無ければいい、部屋の中がフィギュアだらけとかそういうのでなければ、と思って会うことにしたの。
 顔は割と良かった。爽やか系とでも言うのかな。第一印象はいい。それで、その人の車でドライブしたの。
 それでね、運転しながら曲かけますね、って言うの。スマホからじゃなくてCD。これはCDじゃないといけないんです、って言うの。それがタン、タララン、タラランって、ピアノの音が聞こえてきて。ああ、クラシックだ、この人、クラシック聞くんだ、と思って。そうしたら、
「グリーグのピアノ協奏曲です。ご存知でしたか?」
ってその男の人が聞くの。クラシックにはあまり詳しくなくて、ってごにょごにょ言ったら、
「ピアニストがディヌ・リパッティなんです」
知りません、って答えたの。リパッティは33歳の若さで亡くなったんですよ、って言うの。だから知らないって。指揮者がカラヤンだって。その人なら名前だけは聞いたことがあります、って答えたの。
 なんか知らない知らないばかりで気まずいなと思って、なんか話そうと思って、
「特撮が好きなんですって?」
って聞いたら、
「そぉーっなんですよー」
って凄い食いつき。
「ウルトラマンシリーズが好きなんです。子供の頃、初めて見たのはウルトラマンティガです。それから、ダイナ、ガイア、コスモス、ネクサス、マックス、メビウスってずっと見てました。ご覧になってました?」
「兄がいたんで少しは。でも私は眺める程度で」
「ああ、そうですか。残念だな」
「ウルトラマンのグッズとか、部屋に飾ってあったりするんですか?」
 恐る恐る聞いたの。
「いいえ。テレビ作品が一番大事なので。それに実家には両親にねだって買ってもらったDVDが何本かありますけど、いまは配信とかでいつでも見られるじゃないですか。自分の部屋を見ても、ウルトラマンシリーズが格別好きだとかわからないと思いますよ。すっきりしたものです」
 それで、いくらかほっとしたのね。
「学生の頃はテレビで流れているウルトラマンシリーズを中心に見ていたんですけど、就職してからは歴史を辿りたくなりまして、ウルトラQから見始めたんですよ。今はもうウルトラセブンに、はまっていますね」
「ああ、そうなんですか」
「こうやってドライブをしている時も、ワン、ツー、スリーフォー、ワン、ツー、スリーフォー、ウルトラーセブン、って曲をバックにポインターを走らせてるような気分になるんですよ。ポインターって、ウルトラ警備隊の車なんですけど」
「へえー」
 なんか、その辺からついていけなくなってきたの。
「特にね、ウルトラセブンの最終回、史上最大の侵略って言うんです。これがもう好きで好きで。前後編なんですけどね。地球人のために戦って戦って、ぼろぼろになったウルトラセブン、モロボシ・ダンが目を覚ます所から始まるんです」
 もう語る語る。勘弁してって思ってたら、小さな声になって。
「そろそろ始まりますよ」
 え? なにが? それがいきなり、声を高めて
「アンヌ、ぼくは、ぼくはねえ、人間じゃないんだよ。M78星雲から来た、ウルトラセブンなんだ」
 その叫びの直後に、バックでピアノの音が、ダン、タタン、タラン、タランタラン、タタン、タタン、タタンタタン、ダン、ダンって流れ出したの。
「ご存知ですか。シューマンのピアノ協奏曲イ短調です」
 もう呆気に取られちゃってるんだけど、さらに語るの。
「モロボシ・ダンがウルトラセブンになって戦う、その最後の戦いを前にして、アンヌ隊員に、自分こそがウルトラセブンだとダンが告白するんですよ。そこでバックにこのシューマンの曲がかかるんです。もう、それが、素晴らしい。あのですね、ぼくは、自分の奥さんになる人に、これだけはやってほしい、ってことがあるんです。料理でも掃除洗濯でも育児でもない。それは何もかもぼくが全部やったっていい」
「はい?」
「ここで、人間であろうと、宇宙人であろうと、ダンはダンに変わりないじゃない。たとえ、ウルトラセブンでも、って、アンヌ隊員の科白を言ってほしいんです」
「はあ?」
「正確には、びっくりしただろう、いいえ、って間に入るんですけどね。ぜひお願いします。ぼくのアンヌ隊員になってください」
 ごめんなさい、って言って速攻でお断りした。
「そうですか、残念だな。アンヌ隊員って、警備隊の制服を着てる時と白衣を着てる時があるんです。あなたは両方とも似合いそうで、最初に会った時に、やった、って思ったんですけどね。わかりました。今まで何人に断られたかな。いや、アンヌ隊員役をやってくれる女の人に巡り合えるまで、ぼくは諦めませんよ」
 ああ、はい、頑張ってください、ってだけ言った。
 もう駄目。あたし、特撮オタクだけは駄目だわ。勘弁して。



参考文献:青山通『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』

*実話ではありません。フィクションです。

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